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「よじょう」(山本周五郎著)

 図書館で調べもの。例によって、脱線し、他の本を手に取る。藤沢周平を借りる。山本周五郎と作風は似ている。私は好きだ。

 山本周五郎の短編を懐かしくいくつかさっと読む。

 「よじょう」

 何回読んでも面白い。

山本周五郎よじょう 本当に短編なので、単独の文庫にはなっていない。全集などのいくつかに入っている。このテーマ物もその一つ


 2004年1月に「よじょう」を取り上げた文章がある。なかなか上手いことまとめてある。今日は、しんどいので、それを再掲しておしまい。

        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

            『さしたる仔細はない』

 昨年末に、NHK大河ドラマ「武蔵」の総集編を見た。と言っても、ほんの30分ほどであったが、年間を通じての低視聴率であったという、その理由の一端が分ったような気がした。

 一体、私たちが、歴史上の人物に対して持つイメージというものは、その人物を取り上げた作家の力量によるところが大きい。否、正確に言うと、作家たちが作品上に作り上げてきた、その歴史上の人物のイメージを、私たちは、一方的に信じ込んでしまうということが多い。さらに、その思い込みの深度は、それら作品の売れ行きに正比例しているとも言える。

 信長、秀吉、家康くらいになれば、その印象は一人の作家の影響下にあるものではないが、多くの場合、それは否定できないことである。
 
 例えば、坂本龍馬。
 多くの日本人は、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」によって、龍馬のほとんどの印象が作られているといっても過言ではない。その作品の前半部分は、何とかというよく分らない泥棒などが幅をきかせているなど、司馬遼太郎の創作の部分が多いが、書き進められていくにつれ、だんだんと硬質な作品となっていく。いわば、司馬遼太郎の中で、「時代小説」から「歴史小説」へと意識が転じてきたものと思われる。しかし、私たち一般の読者は、その「時代小説」的な部分も含めて、坂本龍馬のイメージを持ってしまっている。

 もっと顕著なのは、宮本武蔵である。宮本武蔵に対して持つ、私たち日本人のイメージは、ほぼ100%、吉川英治の「宮本武蔵」によるものと言える。漫画の影響を言う方もいるが、その漫画も既に、吉川「武蔵」の影響下にあるものである。

 宮本武蔵のイメージを、一口に言えば、修行僧的に剣の道の本髄を求め、ついには、人間としての生き方そのものを問うといったようなものであろうか。少なくとも、私はそう思っているし、武蔵について書かれたものは全てそのことを前提に書かれているようだ。

 武蔵は、江戸時代初期の人物であるが、意外にその資料が少なく、有名な「五輪書」でさえ、本人が書いたものかどうか怪しいという。おそらく後世の作家か弟子が書き上げたものであろう。
 最初に、大作として仕上げられた吉川「武蔵」が、あまりにも偉大すぎたがために、その印象が一人歩きしてしまっている。

 そんな中、全く違う武蔵像を描き、成功を治めていると思われる、ほとんど唯一と言ってもよい作品がある。

 山本周五郎の「よじょう」である。

        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 物語は、宮本武蔵に、ある包丁人が切られたところから始まる。
 そんなことは、「さしたる仔細はない」として始まっている。
 その切り殺された包丁人には、どうにもならない、ぐれた息子岩太がいた。彼の兄は、父の死を機に、岩太に勘当を言い渡す。
 ここに、岩太はついに決心をして、乞食になることにした。そこで、掘っ建て小屋を建てて、乞食を始めた。と、ここで異変が起こる。何を勘違いしたのか、人々が集まってきて、金やら食べ物やらを持ってくるようになった。さらには、岩太を捨てたはずの女たちさえが戻ってきた。

 何があったのか。

 実は、人々は、岩太が父の仇を討とうとしていると勘違いしていたのだ。

『「こいつは大笑いだ」岩太は笑い出した。「ばかなやつらだ、みんな底抜けだ」
 彼はげらげら笑った。笑えば笑うほど可笑しくなって。しまいには腹の皮が痛くなった。』 

 さらには、宮本武蔵自身までが、朝夕の二回、わざわざ、小屋の前に来て、挑発するわけではないが、突っ立っていくのである。

『「かかるんならかかれというわけさ、おもしれえの何の、そうやってる格好はまるで見栄の固まりよ、わざわざ控え家へ移ったのも、きっかけを呉れてやろうという見栄だろう、へっへ」』

 岩太は、貰った金はすべて貯め込み、さらには貰ったもののうち売れるものは、やはり金に換えて貯め込んだ。そして、逃げ出す日を待っていた。

 そうこうしていたある朝早く、岩太は武蔵の従者の訪問を受けた。かねて病気療養中の武蔵が亡くなったというのである。そこで、武蔵が言うには、「さぞ無念のことと思う。そこで、晋の予譲(よじょう)の故事にならって、身につけた着物を与える」ということであった。

『「よじょうたあなんでえ、よじょうたあ、わけのわからねえ、いかさまみてえこと云いやがって」』

 よくできた話で、それには、見廻り組支配の役人が答えてくれる。

『「故事とは予譲の斬衣、かの晋の予譲は、知伯という旧主君の仇を打つことができず、ついにかたき襄子の着物を斬って、その恨みを晴らしたという、かの高名な出来ごとをさすのです」』

 その役人の説明を聞いた後の、岩太がいい。

『 岩太は小屋の中にとび込んだ。とび込んで、帷地を放り出し、ひっくり返って笑いだした。
「あのじじいめ、あの見栄っ張りのじじいめ、死ぬまで見栄を張りやがった、死ぬまで」彼は笑って咳きこんだ。(中略)
 岩太は悲鳴をあげた。それでも笑いは止まらなかった、彼は小屋の中を転げまわった。』

 さて、しばらくして、隈本城下に、「よじょう」という旅館が出来た。そこには、宮本武蔵の帷子があった。それには、三カ所切り裂いたところがあって、これは宿の主人が予譲の故事に倣って、父親の仇を報じたものだった。それ故、この旅館は繁昌したが、「さしたる仔細はない」と、この小説は結ばれている。

      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 山本周五郎の作品には、「樅の木は残った」、「さぶ」、「ながい坂」等、どちらかと言えば長編ものに代表作が多い(「青べか物語」、「赤ひげ」も有名だが、私は読んでいないので・・・)。しかし、この「よじょう」は短編ではあるが、私は、周五郎作品の中で、最も好きなものの一つである。実際、周五郎本人も、「後半期の道をひらいてくれた」と大切な作品と思っていたようだ。周五郎作品の入口としても良いかもしれない。

 さて、この作品で山本周五郎は、岩太の言葉を通して、厳格な武家及びそれを尊ぶ風潮を痛烈に皮肉っている。

 仇討ちを尊いものとする世間の了見を、「腹の皮が痛くなった」程、嘲笑している。岩太の小屋の前で、朝夕黙って突っ立つ武蔵を、「見栄の固まり」と喝破する。武蔵が、晋の予譲の故事にならってとった行為を、「死ぬまで見栄を張りやがった」と見抜いている。求道者、吉川「武蔵」のたどり着いた先を、「見栄っ張りのじじい」と言い切っている。

 吉川「武蔵」のイメージが強すぎたがために、NHKとしては、その部分を表わすわけにはいかなかったのかもしれないが、実は、この作品の主題は、高級官僚や一流企業の破綻や失態が相次いでいる現代にとっては、極めて身近なテーマでもあった。彼らの、プライドなんて所詮、「見栄の固まり」に過ぎないということを、「よじょう」は教えてくれるからだ。

 誤解を恐れずに言えば、私自身は、武家社会の「見栄」や「やせ我慢」は、必要悪とまではいわないが、大切なものだと思っている。むしろ、それらがあるからこそ、社会のバランスがかろうじて保たれてもいるとも感じている。だからこそ、この「よじょう」という作品が爽快に思えてくるのかもしれない。また、これは、直木賞をはじめ、あらゆる文学書を辞退してきた山本周五郎だからこそ、説得力を持って読まれる作品とも言える。

 すっかり長くなったので、大河ドラマ「武蔵」が国民に受け入れられなかった、もう一つの理由を簡単に述べたい。

 それは、「お通」の位置付けである。
 私たち日本の男性には、吉川英治「宮本武蔵」の「お通」と木下順二「夕鶴」の「つう」、二人の「つう」に対して、遺伝子的な畏敬の念が植え付けられている、と私は勝手に思い込んでいる。

 それを、あの大河ドラマはぶち壊そうとした。建設的な意味での破壊ではなく、迎合的な破棄を試みたのではないかとさえ思っている。そして、見事に作品として失敗してしまった。

 詳細は、長くなるので述べないが、「利家とまつ」でいくらか成功したかのように見えた手法を、安易に敷衍してしまったような気がして仕方がない。

 もっとも、そんなことは、「さしたる仔細はない」。

2004年01月12日記す
山野之義 * * 21:17 * comments(1) * trackbacks(0) * pookmark

「脳を活かす勉強法」(茂木健一郎)

脳を活かす勉強法 「脳を活かす勉強法」(茂木健一郎)

 「竹中式マトリクス勉強法」を取り上げた時に気付いたのだが、もう既に、この「脳を活かす勉強法」については、取り上げていたと思ったのだが、まだのようだった。出版されてすぐに手にとって読んだ本。

 この手の頭のいい人の勉強法は概ね同じ。一言で言えば、「基本を繰り返し習得する」。このことに尽きる。もう少し詳しく書けば、「あることについて、その基本になることを繰り返し、声に出し、紙に書いて記憶する。但し、その作業をする時間を明確に意識し、終りの時間も決めておく。その作業を丹念に繰り返す。そうやって少しずつレベルを上げていく」というところだろうか。

 それができないから、私たちは凡人のまま。

 茂木氏のこの著書は、そのことを脳科学的に説明してくれているので、読んでいて安心できるという効用はある。だからと言って、やっぱり、そう簡単にはできない。できる奴ができまさる人なのだ。
山野之義 * * 23:13 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「竹中式マトリクス勉強法」(幻冬社)、「構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌」(日本経済新聞社)

竹中式マトリクス勉強法  「竹中式マトリクス勉強法」(幻冬社)


 最近の不景気をとらまえて、小泉・竹中経済金融改革の揺り戻し、ひどい場合には、その改革の失敗の表れとさえ評する向きもある。

 不勉強なマスコミに感化された一部世論ではあるが、人の悪口というものの伝播力というものはなかなかである。

 ほんの少し冷静に振り返れば、りそな銀行への3兆円を超える公的資金注入によって、金融恐慌から日本を救うという英断は竹中氏以外では誰ができたであろうか。それ以前では、小渕内閣時代に、大手金融機関における公的資金投入により、日本の金融は信頼を取り戻すきっかけになったことは記憶に新しい。それにしても、ここまで大掛かりなものではなかったし、それでさえ、タイミングが遅れてしまったことにより、失われた10年の布石にもなってしまったともいわれている。もちろん、小渕首相のリーダーシップがなければ、間違いなく、日本はさらなる不況渦に巻き込まれることになっていたことは忘れてはならない。

 ちなみに、手続きは少々複雑ではあるようだが、この公的資金は、きちんと国に返済されていることを蛇足ながら付け加えておく。ついでに、実は、銀行に対する公的資金注入で、結果として政府は大儲けしたことも、ほとんど報道されていないが、この際はっきりさせておく。こっちが分かりやすい。

 話しは少々飛ぶが、いわゆる後期高齢者(長寿)医療制度において、75歳以上を区分けしたこと自体をもって、政府与党を攻撃する向きが多いが、これも事実誤認もしくは誤解に基づくもの。

 旧来の老人保険制度において、医療用語なのか行政用語なのかはともかく、75歳以上の後期高齢者を別枠にしてほしいという要望を出していたのは、むしろ、全国市長会、全国町村長会、医師会なのである。これまでの、その議論をなぜかマスコミは全く報道しない。(全くじゃ、ないな。私もいくつかそのような報道を散見してはいるから。)日本という国を悪く書いたり、危険因子視することによって、国民、市民が危機感を持って関心を持ってそのマスコミ報道に多く触れてくれるからであろう。悪口ばかり書きたがる。

 小泉・竹中経済金融改革に対して強烈に悪口を言っている方たちは、概ね、その際、政治的に干されていた方、もしくは、それまでの利権を相当部分削られてしまった方たちであろう。

 もちろん、不誠実な一部の報道に煽られてしまっている一般市民の素朴で感情的な思いは別ではある。

 ということを書かれた本では、全くない。

 やっぱり、頭のいい人の勉強法は、どなたも同じだと改めて思いながら読んだ。

 竹中氏の本当の仕事を見るにはこちらの方がよい。ただ、経済や金融に興味のない人には少々しんどいかな。実は、私も完全に読破していないことを白状しておく。

構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌   構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌(日本経済新聞社)


 余談。
 竹中氏が大臣時代、金沢に来られたことがある。ちょっとした時間に、金沢のまちを視察したい、テーマは二つ、「IT」と「コミュニティ」。詳細は割愛するが、ある関係で、私が全て段取りすることになった。「IT」については、竪町のティーズラボを紹介、ご案内し、「コミュニティ」については、大野町のもろみ蔵をご案内した。

 昼食は、大野町の宝生寿司。大臣と食事の際、「ところで、山野さん、金沢・石川の経済状態は?」なんて聞かれても、上手く答える自信のない私は、友人でもある竹松証券の竹松俊一氏に同席してもらった。竹中大臣も竹松氏も同じ一橋大学出身でもあったからちょうどよい。難しい話しは全て彼に振った。これくらい頭のいい人同士の話になると、私は隣で頷きながら聞いているくらいが調度いい。会話に入っていく事はできない。

 その後、縁あって、二三度お会いしている。今となっては時効だが、竹中氏が総務大臣になられた際、秘書官から連絡があって、当時、全国市長会会長でもあった山出市長と会談の場を、誰にも知られずに段取りして欲しいと頼まれ仲介にたったこともある。もちろん、その会談の内容は知る由もないが。

 ということで、それなりの思い入れをもって、竹中氏を見ているということを差し引いて、この文を読んで欲しい。
山野之義 * * 23:13 * comments(0) * trackbacks(1) * pookmark

「霞が関埋蔵金男が明かす『お国の経済』」(高橋洋一著)

霞が関埋蔵金男が明かす『お国の経済』」( 「霞が関埋蔵金男が明かす『お国の経済』」(高橋洋一著

 ここ最近、「埋蔵金」なる言葉が、真面目な政策論争の中で出てくる。新聞各紙なんかも見出しに持ってくることもある。

 小泉政権時代の塩爺が発した言葉で一躍知られるようになった。

 「母屋でおかゆをすすっているときに、離れですき焼きを食べている」

 国の一般会計の赤字で国民が大変な目にあっているのに、特別会計や独立行政法人の会計では、無駄使いのし放題で、広い意味での税金を浪費していることを揶揄した表現である。

 国のいわゆる高級官僚が天下り先で、高額な給与をもらい、さらには、数千万円もの退職金を何度ももらっているなどその象徴である。

 その原資がいわゆる「埋蔵金」、隠し資産のことである。

 ただ、塩爺がそう発言した段階では、「埋蔵金」なる言葉は聞かれなかったのではないだろうか。

 私もこの著書にて初めて知ったのだが、この隠し資産を「埋蔵金」なる言葉で表すようになったのは、極めて皮肉なことに、与謝野馨代議士であるという。言うまでもなく、与謝野代議士は、埋蔵金なるものは存在しない、そんなないもの当てにするような議論をするのではなく 、国民に対して、正々堂々と増税の必要性を説くべきだおっしゃっている気骨のある方である。

 では、なぜ、その与謝野氏が「埋蔵金」なる言葉を生み出したのか。

 与謝野氏が会長を務める、自民党の財政改革研究会でのこと。若手改革派議員が、税金の無駄使いの議論の際、先の塩爺の言葉も引用しながら、特別会計等の無駄使いを指摘した。

 与謝野氏からすれば、増税の議論を避けている弱腰の議論に感じたのだろう。その若手議員を一喝した。

 「そんな埋蔵金みたいなことを言うな!」

 それからである。埋蔵金なる言葉でもって、特別会計等の無駄が具体的に指摘されるようになったのは。

 それまで、高橋氏は「特別会計の資産から負債を除いた『資産負債差額』」と説明してきたが、マスコミも政治家もほとんど関心を示してくれなかった。先の塩爺くらいであったという。

 それが、「埋蔵金」なんぞ存在しない、当てにするな、と喝破している与謝野氏のおかげで、逆に「埋蔵金」なるものがクローズアップされてきた。なんとまぁ、皮肉なことか。

 もっとも、高橋氏自体、この著作の中で、その与謝野氏を極めて皮肉って述べておられるので、どっかの段階で、話しが大きく作られているのではないだろうか、と私は思っている。

 とまぁ、そんな感じで、難しい財政問題を分かりやすく述べてある本。入門書としてはお奨め。 

 なんのことはない、先の萩市、長崎市視察で持っていって読んでしまったのだが、どこにいったか見当たらなくなっていた。それは、書類の下に埋もれていて、ひょんなことから出てきた。そこで、私の悪いくせ。そのまま再読。で、本棚行き。
山野之義 * * 23:03 * comments(0) * trackbacks(1) * pookmark

週刊ダイヤモンド2008.10.25号「『歴史』を知れば経済がわかる」

 週刊ダイヤモンド2008.10.25号はおもしろい。「『歴史』を知れば経済がわかる」。

週刊ダイヤモンド2008.10.25 週刊ダイヤモンド2008.10.25号「『歴史』を知れば経済がわかる


 同じビジネス誌でも、私なりに、週刊日経ビジネス週刊ダイヤモンドとの区別をつけているつもりでいる。日経ビジネスは、毎回、真正面から経済もしくは企業を取り上げる、遊び心はほとんど感じられない。それだけ重厚感もある。週刊ダイヤモンドは、もちろん真正面からの経済誌だが、ちょっとした遊び心が感じられる特集もよくある。それだけ柔軟性もある。今回は、その典型。日経ビジネスは定期購読しているが、ダイヤモンドは特集を見て考えている。

 Part1の「歴史観なしに現代経済はわからない」は、タイトルほどではないが、おもしろい。川勝平太氏の江戸時代の「鎖国」の意義見直しは新鮮に読んだ。
 
 第一に、鎖国は、決してこの時代の日本独自の政策というわけではない。当時の明(その後の清)も李氏朝鮮も鎖国をしていた。つまり、東アジアに共通した政策である。

 第二に、日本で鎖国が始まり完成したのは江戸時代の黎明期、具体的には三大将軍家光のときに完成したとされる。1636年だ。

 当然、アメリカ合衆国という国は誕生さえもしていない。ヨーロッパでも近代国際法の元祖ともいわれるヴェストファーレン条約が成立したのが1648年。つまり、それ以前のヨーロッパでは宗教が色々な施策の一つの基準であり、国際条約という普遍的な価値観による国際秩序なるものは、この条約をまたねばならない。

 ということは、鎖国は日本を特徴づけるものでもなんでもなく、その当時の唯一の世界秩序の基準ともいえるものなのである。

 なるほど。ここから色んなことが繋がっていく。

 次、歴史「教育」にも関心のある私の興味を引いた記事。

 「こんなに変わった!歴史教科書」

 その1。聖徳太子。高校教科書の多くでは、「厩戸皇子(聖徳太子)」と表記されている。特に、あの有名な肖像画は載っていない。なぜなら、その肖像画自体が本人かどうか怪しいからだという。もっと言えば、厩戸皇子(うまやどのおうじ)は存在していたが、「聖徳太子」という政治力を持った人物の存在自体が怪しいものとされている。

 でもね、そのこと自体は、以前から問題提起されてはいたが、やはり聖徳太子の存在は認められるというのが歴史的結論になっていると思っているんだが・・。

 さて、高校の教科書と違って、小中学校の教科書では、「聖徳太子」は、あの写真も掲載されて堂々と記述がなされている。文部科学省内での縦割り行政で、連携がとれていないようだ。

 その2。イイクニ作ろう、鎌倉幕府。私たちの時代は、源頼朝が鎌倉幕府を開いたのは1192年とされていたので、先の語呂あわせで覚えたものだ。ところが最近の調査では、それは1185年が有力とされているという。イイハコ作ろう、鎌倉幕府。もっとも、源頼朝の肖像画も怪しいとされ、写真の脚注には「伝・源頼朝」とされている。

 その3。鉄砲伝来。ポルトガルにより、種子島で鉄砲を伝えたというのが、私たちの時代の鉄砲伝来。最近の調査では、後期倭寇(中国の海賊船)に乗ったポルトガル人が種子島に漂着し、東南アジア製の鉄砲が伝えられた、という説が有力になっているという。

 ちなみに、この特集には掲載されていないが、この「倭寇(わこう)」も誤解を受けやすい言葉である。当時の中国による日本蔑視の言葉、「倭(わ)」が入っていることもあり、日本人による海賊と思われがちであるが、決してそうではない。確かに、前期倭寇には日本人と高麗人との混成になるものであるが、後期倭寇はほとんどが中国人によって構成されていた。これは、あまり知られていないが、知っておいてよい歴史的事実である。

 その他、色々とわかりやすく歴史と経済を結びつけてまとめてある。

 初心者にはうってつけである。初心者?何の?歴史の?経済の?やっぱ、この特集、経済はあんまり関係ない。経済人に語らせているだけで、経済人が関心持つ歴史的人物、出来事をわかりやすくまとめた特集。

 週刊ダイヤモンドの遊び心。本棚へ。
山野之義 * * 21:51 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

山本周五郎「ひとごろし」

 山本周五郎をこのブログ、メルマガで取り上げるのは何回目か。それほど好きな作家であり、私の人生に影響を与えたとまでは言わないが、なにかにつけ思い起こし、また、私の人格形成の一端になんらかの跡を残した作家であることは間違いない。

 図書館で調べもの。いつもそうなのだが、その調べものの合間にというか、逆にというか、全く違う本を眺めていたりする。また、時として、あの作家の本は、とある特定の作家の作品をそのまま続けて読み込んだり、借りてしまったりということも少なくはない。

 ふっと、山本周五郎のあの作品はなんという題名だっけ、と気になり探し始める。分かった。

 「ひとごろし」

ひとごろし

 時代は江戸時代、田舎の福井藩(関係ないが、藤沢周平だったら、「海原藩」なんだろうなぁ)。主人公は、ある甲斐性なしの宮仕え者、六兵衛。藩内でその評判が立ち、妹のかねも嫁ぎ先が見つからない。

 そんなある日、ひょんなことから、六兵衛が大役を担うことになる。藩で人殺しを起こしてしまった謀反人を討つ、いわゆる「上意討ち」の役回りだ。何のことはない、その相手は剣術の達人で強すぎて、誰も手を挙げる者がいなかっただけである。六兵衛にその損な役回りがめぐってきた。

 まともでは勝てない。相手は悠々と福井藩を出て行ってしまう。

 六兵衛、一計を案じる。まともでは勝てない。そこで、その相手の後をつけ、どこか店に入ると、近くで大声で叫ぶ。

 「そいつは、人殺しだ!気をつけろ!」

 そう言った瞬間、六兵衛は逃げ出す。周りの人間も、蜘蛛の子を蹴散らすようにいなくなってしまう。

 「卑怯者!武士なら勝負しろ!」

 姿も見えないような遠くで、六兵衛は叫ぶ。

 「私は武士だ。確かに臆病者だが、卑怯者ではない。私は私のやり方で勝負する。これが私のやり方だ」

 食事をしようにも、店に入ると、六兵衛はそう叫ぶ。そして、自分はすぐ逃げていく。お店の人も、お盆もお茶も投げ捨てで逃げ出す。宿を取ろうにも、同じこと。どうにも旅を続けることができない。

 「そんな汚い手でおれを困らせようというのか、女の腐ったような卑怯みれんな手を使って、きさまそれで恥ずかしくないのか」

 遠くで遠くで、六兵衛は叫ぶ。

 「ちっとも。(中略)私には武芸の才能はない、(中略)あなたの武芸の強さだけが、この世の中で幅をきかす、どこでも威張って通れると思ったら、それこそ、大間違いですよ」

 六兵衛、決して開き直っているわけではない。また、山本周五郎は、その時代の風習や因習を著すというような、風俗小説家ではない。一市井人の中に、つましく生きる人間の性(さが)を、読む人に共感を持ってもらえるように書き表す作家である。

 「侍には侍の道徳がある。きさまのような卑怯なやりかたに、加勢する者ばかりではないぞ」

  次の台詞だ。

 「ためしてみよう。(中略)侍だってそういう武芸の達人ばかりはいないでしょう。たいていは私のように臆病な、殺傷沙汰の嫌いな者が多いと思う」

 そうなんだよな。どんな仕事や立場だってそうだ。私だって・・。

 とまあ、この小説、そんなことを繰り返しながら、現代でいうところのラブロマンスも入ってくる。さらっとした濡れ場もちゃんとある。

 締め。

 その武芸の達人の言葉。

 「おれは誤った。(中略)武芸というものは負けない修行だ。強い相手に勝ち抜くことだ。」「強い者に勝つ方は必ずある、そういうくふうはいくらでもあるが、それは武芸の一面だけであって、全部ではない。それだけでは、弱い者、臆病者に勝つことはできないんだ」

 本当の締めは、ここではない。もうちょっとなのだが、さすがにそこは、この小説を読んで欲しい。

 すべてがハッピィエンドになったことだけを知らせておく。

 だから、やっぱり、山本周五郎だ。当然、本棚には入るわな。
山野之義 * * 22:03 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

視察余談、山本周五郎賞受賞作

 山本周五郎という作家がいる。私の最も好きな作家の一人である。代表作は、「樅ノ木は残った」「赤ひげ診療譚」「青べか物語」「ながい坂」「さぶ」等々。私自身、「樅ノ木は残った」や「ながい坂」を読み終えたときは、深く考えさせられたものであるし、今でも、重たく思い直すこともある。

 ご本人の美学なのであろう。直木賞はじめ各文学賞を全て辞退した、まさに、市井に生きてきた作家でもある。

 閑話休題。

 いつの頃だろうか、「山本周五郎賞」という賞があるのを知った。私は不思議でしょうがなかった。あらゆる文学賞を辞退してきた作家の冠をつけた文学賞?もちろん、文壇や出版社が、彼の功績を認め、せめて、死後、彼の冠をつけた賞を新設することによって、一定の足跡を残したいと思われたのだろう。それにしても、よくご遺族が了解したものだと思う。関係者の熱意に絆(ほだ)されたのだろう。

 半年以上前のこと、出張の際、自宅から持っていった全ての活字もの(雑誌、本)を読み終えてしまった。駅の売店で何かないかと探す。時間もなかったので、聞いたこともない作家だったが、「山本周五郎賞受賞作」と書かれた帯をよすがに、その文庫本を手にした。

 30ページほど読んで、打ち捨ててしまった。軽すぎる。そのまま半年以上。

 先日、ある雑誌を読んでいた。経営者の方たちが最近読んだ本というような特集があった。私はこの手の特集は、信用しない。

 なぜなら、自分の本棚を見られるというのは、何となく気恥ずかしいものだからだ。自宅の冷蔵庫の中を見られるような気分である。冷蔵庫の中の食材等々を見られ、我が家の食生活、ひいては生活レベルまで覗き見られているような気がする。

 本棚は、自分の知的生活、ひいては知的レベルまでチェックされているような気がする。だから、私もネットで紹介する本は、とりあえず、自分で読みはしたが、はずしてしまったものや、それなりだと思っても、山野はこんなものを読んでいるのか、とあきれられそうなものは載せてはいない。

 有名人ならなおさらだ。こんな本を読んでいると知られてしまっても構わないものしか載せていない。

 興味なく、パラパラめくっていると、ある本にぶつかった。先日、山本周五郎賞受賞作として私が手にしたが、おもしろくなかったので、ほうっておいたものだ。本の題名や作家は忘れていたが、表紙だけは覚えていた。ちなみに、その本を紹介していた経営者も覚えていない。

 なるほど、雑誌の特集に上げられる経営者の方が、あげている本か、そんな悪くないのかもしれない、次の出張の際は、もう一度鞄に放り込んでおこう、と思う。

 今回の行政視察がまさに、その時。新幹線新山口駅からバスで一時間以上に渡って萩市に向かう時に、一気に読みきる。

 それだけ。上記の理由で、私の本棚に入れない。
山野之義 * * 05:42 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

行政の勉強もしている

 午前中、選挙がらみの会合。事務所開きが10月4日と決まる。場所は金沢市入江。バスの便について質問も出るがが、とりあえず決まったところでしっかりやる。

 昼食を挟んで別の会合。

 私は、ビジネス誌を好んで読むことが多く、このブログにも何回か、興味あるビジネス誌の内容を書いているせいか、ある方から、お前さんはやっぱ、ビジネスマンに未練があるんではないか、そっちの方がいいんじゃないのか、という指摘を受ける。(もちろん、笑いながら)

 そっちの方がいいかどうかはともかく、また、未練という表現はともかく、少なくとも、そっちの方は楽しかったし、もっといい仕事をできていただろうな、という正直言って忸怩たる思いはしている。

 でも、こっちでもしっかり勉強をしているという証拠として、行政関係の定期購読誌をあげておく。正確に言うと、ある熱心にご支援いただいている経済人で、行政に関心を持って勉強されている方から、ご自身が定期購読されている雑誌を私にいつも譲ってくれている。

月刊ガバナンス 「月刊ガバナンス」(ぎょうせい)


 実は、この「月刊ガバナンス」、以前は、本当に自分で定期購読していたが、その方が譲ってくれるようになってからは、購読はやめた。でも、いつも読んでいるし、議会質問の参考にしたこともある。さらには、それで知ったテーマで、その地まで行政視察に行ったこともある。中々すぐれものの雑誌。

日経 「日経グローカル」(日本経済新聞社)


 「日経グローカル」は、高くて手が出なかった。また、隔週だから読むのも大変と思ったことも一歩踏み切れなかった理由。こちらも、その方が目を通された後、いただく。「日経グローカル」編集部主催の勉強会にも、わざわざ東京へ参加しに行ったことも何度かある。

 今日、その最新号が手に入り、読み込む。

 ビジネス誌ばっかりでもない。ちゃんと、行政の勉強もしている。
山野之義 * * 17:56 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

和倉温泉へ

 朝、用事を一つ。

 地元の社会体育大会へ。その後、もう一つの社会体育大会。それにしても、お世話されている方たちには心から頭が下がる。

 自衛隊の観閲式。受付だけ。

 和倉温泉へ。長坂町会の秋の親睦会。「海望」。初めて知った温泉旅館。あの「あえの風」の隣。皆さんはバスで行かれたが、私は、いくつか用事もあったので、自分のクルマで。行きは私の運転。七尾まで運転するとそれだけでふらふら。クルマの運転は性に合わない。思いのほか、早くに終えたので、夕方の用事に間に合いそう。風呂にも入らずに、妻の運転で帰る。

 ・・・、なんだか子供の絵日記みたいになってきた。

日経ベンチャー2008年10月1日号 日経ベンチャー2008年10月1日号


 本日届いた「日経ベンチャー」。私が、現在一番楽しみにしている定期刊行物。真由子の宿題を見ながら読む。夏休み終了直前の二日ほどで、漢字ドリルを真由子と徹底的にやったので、宿題のうち、漢字ドリルは楽勝。「あのね帳」といいう名の日記の宿題も上手。少なくとも、私のブログよりも、子供の絵日記みたいではない。
山野之義 * * 23:04 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

ビジネス誌のグーグル特集

 現在、本屋さんに並んでいるビジネス誌を二つ。全く同じようなテーマ。内容は違うのだが、グーグルを特集しているという点では同じ。

ダイヤモンド 週刊ダイヤモンド 2008年9月27日号「儲かる会社の「グーグル化」大革命」


東洋経済 週刊東洋経済 2008年9月27日特大号「グーグル10年目の大変身」


 ソフトバンクOBの私としては、ヤフーではなくグーグルになびくのは辛いのだが、確かに検索はグーグルの方が、すぐれもの。少なくとも、私が、ビジネスマンが探している情報に近いものが出る。

 メールは私はヤフーメールも併用しているが、gメールもデータ保存用としては使ってもいる。こちらは、ヤフーメールの方が使い勝手がいいような気もする。慣れの問題か。しかし、いずれもアドレス帳機能が弱い。

 私としては、とりあえず、ヤフーを重用していく。しかし、どちらにしてもある程度使いこなせるようになれば、いつでも、他のソフトに乗り換えは、さして苦労することなくできる。そのことは、私自身経験済み。

 これまでも、ワープロソフトをロータスのアミプロからMSのワードに、それに併せて、辞書もジャストシステムのATOKからMSのIMEに、表計算ソフトをやはりロータスの1・2・3からやはりMSのエクセルに、データベースを管理工学の桐からMSのアクセスに、ほとんど違和感なく変えてしまった。ただ、データベースの桐はちょっと違ったかな?これは、全く別ソフトだったような気もしている。そんな中、筆ソフトは、ずっと「筆まめ」のまま。製品の優秀さだけではなく、ソフトバンク時代の出来事で個人的な思い入れもあるからだ。

 ヤフー頑張れ。株は持ってないけど。でも、こんな雑誌に手が伸びてしまうのは、実は、密かに私自身グーグルコンプレックスに侵されつつあるからだ。そんなことは、よく分かっている。人に言われるとくやしいので、自分から言ってしまう。
山野之義 * * 23:11 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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