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「一夜一冊」から「ブクログ」へ

 朝2時過ぎに目が覚める。どうせもう寝付けないだろうと起きだす。ネットのニュースは三時間ほど前に見たばかりで同じ。

 私のブログの「Categories(カテゴリーズ)」の一つに、「一夜一冊」というカテゴリーがある。私の著作名からとったのだが、要するに、私が読んだ本の書評もどきを集めたもの。といっても、まとまって読めば、しっかりと私の政治姿勢なり政治理念なりが浮かび上がってこようもの。「一夜一冊」より古いものは「本」というカテゴリーにいれてある。

 このカテゴリーの内容は、別に「ブクログ」というサイトにも集めてある。そのほうがわかりよいからだ。ただ、最近はなまくらをして、このブログの「一夜一冊」に書評もどきを書いても、「ブクログ」に転載しないまま。二年近く更新なしであった。

 せっかく朝早く、とてつもなく早くに起きたので、ちまちまと、その転載作業をする。

 一部、読み返し、時には、新たに手を加えながらの作業だったので、思いのほか時間もかかる。

 ということで、こんな感じになる。

 なお、今回更新した以前のものも、実はもう一度手を入れなければいけないことに気づく。それは、今度また2時頃目が覚めたらやる。

 その、私のブクログはここ
山野之義 * 一夜一冊 * 23:37 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「昭和の戦争ー保阪正康対論集」(朝日新聞社刊)

 8月は、なんといっても、原爆投下、陛下による玉音放送等のため、戦争にまつわる報道が多い。さらに、暑い暑いお盆をはさむこともあり、いきおい、国民の関心もそちらに行く。

 先般、部屋の整理。何年か前に購入した本が出てくる。

 「昭和の戦争ー保阪正康対論集」
 久しぶりに、ちまちまと読み出す。いくつかの対談をまとめたものでもあり、その対談ごとに読めるのもいい。

 保阪正康という作家は、どちらかといえば、左系(あまり好きな言葉ではないが・・・)ではあるが、取材力、資料の分析力、及びそれらに基づいて近現代史をわかりやすく説明する能力には大変優れている。

 私は、時々、引っかかるところがありながらも、保阪の著作をいくつも読んでいる。

100903昭和の戦争 保阪との対談ではおなじみの半藤一利、福田和也等々との対談集。


 強く印象に残ったところを二つだけ記す。

 先の大戦で一兵士として戦った伊藤桂一氏との対談。伊藤氏は、まさに、下っ端のいつ死んでもおかしくない現場の兵士として従軍した。

 伊藤氏は、戦後、作家として名を成し、直木賞も受賞。戦記物をいくつも残している。

 「こっちで中国軍と戦争していても、50メートル離れたところでは農民が平気で畑を耕して、「あ、あの連中やっとるな」というふうな顔をしていることもしばしばでした」

 「国民党と共産党軍の敵対意識は、日本軍に対する意識よりははるかに強いんですね。(中略)日本軍の前で国民党軍と共産党軍が戦闘を始めることもありました。そうすると日本軍は入っていかないで、黙って見ているわけです」

 その他の箇所を読んでいても、一口に中国軍といっても、さまざまな地域での軍閥というものがあって、そのもっとも規模の大きいのが国民党軍と共産党軍ということがわかる。

 してみると、いつの間にか、ポツダム宣言において中国も名を連ねるようになったのは国民党軍であるが、さらに、いつの間にか、それが共産党軍に変わったということは、つまりは・・・、軍閥割拠の内戦に勝ち残ったのが共産党軍に過ぎないということがよくわかる。

 当時の日本軍は、中国共産党つまり中華人民共和国と戦争をしたのではなく(実際、共産党軍との激しい戦闘はほとんどないという)、国民党軍を中心とした軍閥の一部と戦争をしていたのであり、その軍閥は軍閥で絶えず内戦をしていた・・・。

 そして、日本敗戦後65年経った今でも、その中国共産党軍である中華人民共和国から日本の”侵略性”なるものを口撃されている。あんたらに言われたくないという思いもあろうが、なかなかそれも難しそうな。

 いわゆる、日中戦争なるものは、日本という国家にとっては、なんともやるせない泥沼であった。

 伊藤氏の対談の最後のほうで述べた言葉が象徴的だ。

 「私たちの経験を含め、今次大戦のことは保阪さんや、若い世代の方々に研究・検証してもらって、国民の財産として残していっていただきたいですね」

 次に続く。

 「一国の歴史の中においては、我々のように苦労を担当する世代もあるわけです。だから、僕はこれでいいんだ、と思っています。仲間にも、これでいいんだよ、と呼びかけたいです」

 当事者の言葉であるだけに、なんとも切ないが、歴史をこれだけ俯瞰してみる姿勢も必要なのであろう。

 私たちがしっかり勉強していかないと。

 もう一つは、こんど整理する。今日はここまで。
山野之義 * 一夜一冊 * 18:17 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「夏を拾いに」(森浩美著)

 私は現代作家の作品を読むということは極めて少ない。十数年前まではそうでもなかったのだが、ここ十年は、ホントに少ない。別に何らかの思いがあったわけでもない。

 あるとき、ある評論を読んでいて、ハタとその理由らしきものに思い至る。

 最近の小説は、やたら長いものが多い傾向があるという。ストーリーも一つ一つの文章もそうらしい。はっきり言って、冗漫な文章が増えてきているという。いや、そんな文を書く若手作家及び作家志願者が多い傾向があるという。

 その評論家さんは、その理由として、キーボードを挙げておられた。現代の作家の多くは、原稿用紙にペンで手書きで文章を書くのではなく、今、私がそうしているように、キーボードで思いを「打ち込んで」いる。

 まさに私がそうだが、ブラインドタッチ(キーボードを見ずに画面を見ながら打ち込みをする)をできる人は、自分の頭に思い浮かんだ文字、言葉をほとんどそのまま打ち込むことも決して不可能ではない。

 よっぽど頭のいい人ならともかく、私程度の並の能力しか持ち合わせていない人間は、頭の中にぱっと思い浮かんだ言葉が、洗練された無駄のない文章になっているなんてことは、まずはあり得ない。

 冗漫な文章。

 いくらその後推敲しようが、元が元なだけに、限界がある。

 ということで、出来上がった文章及びその文章の集合体である小説はいきおい「冗漫」なものになりがちなのだろう。

 もう一つ理由がある。おそらくは現在40歳代以上の読書家の方たちは、これまで相当な読書量をこなしてきているであろう。近代の天才、森鴎外、夏目漱石はもちろん、志賀直哉、谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成等々誰でも知っている作家の作品のすべてとは言わないが、少なくとも代表作くらいは相当読み込んでいる。それ以前の、古典といわれるものも原文で読み込んでもいよう。

 そんな作家の文章が意識の底に沈んでしまい「読書の質」というものができあがっている年代の読書人からすれば、今時の、冗漫な文章で積み重ねられた作品を読み込むことは、相当骨が折れる作業だ。

 もちろん、今でもレベルの高い作家さんはたくさんいようが、それは、30年後くらいに、あぁ、あの時代のあの作家さんは、あの時代の中では光っていたねと言われるのを待とうと私は決めている。

 そんな私が珍しく、自分から手を伸ばした、現代作家さんの作品。

100902夏を拾いに 「夏を拾いに」(森浩美著)


 今年春の中学高校入学試験の「国語」で最も引用されることが多かったそうだ

 まぁ、つまんなかっても広貴に読ませればいいやと文庫版を購入。相当な分量ではあったが、視察の移動のJRの列車内で、20分あまりで読み終える。

 あれだけ中学高校入試に引用されるというのは、それだけの力のある作品なんだろう。

 あえて、広貴に勧めようとは思わないが、本棚の隅っこにころがしておこう。

 以上、冗漫な文章になってしまったというお手本。

山野之義 * 一夜一冊 * 08:07 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫著)

 日航ジャンボ機墜落事故から、今日でちょうど25年、四半世紀。

 いくつもの報道においても、特集が組まれている。また、この間、さまざまな書籍・雑誌も出される。

 四半世紀経ったという一つの区切りの日付のブログには、やはり、この事故のことを触れないわけにはいかない。かといって、多くの報道がなされている中、埋もれがちになる私の思いを伝えるのは容易ではない。一冊の本をもってそれに代えたい。

100812クライマーズハイ 「クライマーズ・ハイ」とは、登山者の興奮状態が極限まで達し、恐怖感が麻痺してしまう状態のことをいうそうだ。長距離を走っていると、苦しいはずであるが、ある瞬間から、全く苦痛が感じられなくなるようなことがある。いわゆる「ナチュラル・ハイ」だ。登山にも同じようなことがあるのだろう。


 帯にもあるように、御巣鷹山への日航機墜落事故によって、地元新聞社記者たちの濃密な一週間を書き表したもの。著者は、まさにそのときの地元紙記者であったという。そのときの体験を一つのモチーフにしたもの。

 適切な言葉ではないかもしれないが、重厚な小説だ。

 私は、事故そのものよりも、記者の性、しかも、中央の報道に対する地元紙記者の意地に関心がいった。

 地元紙記者ははいつくばるような取材によって、事故原因が圧力隔壁にあるとする有力情報をつかむ。その若手記者は、なんとか記事にするよう上司である悠木(主人公)に直訴する。悠木は、確たるウラがとれていないのではと躊躇する。

 若手記者は、自分の取材に絶対の自信を持っている。悠木に何度も言う。悠木は決断できないでいる。

 そんな中、毎日新聞が、「事故原因は圧力隔壁」とすっぱ抜く。大スクープだ。地元紙若手記者は「敗れた」。

 私はこのくだりを読んで思い出したことがある。

 JR福知山線脱線事故における、事故調査委員会情報漏洩事件のことだ。

 事故調査委員会が事故の原因を様々な観点から調査している。こともあろうに、JR西日本側から、その調査委員会へ途中経過を報告して欲しいと頼み込む。中には、委員メンバーに菓子折りという手土産を持って行き、教えてもらう。

 情報を事前にもらう。時として、JR側にとって、好ましくない表現を改めてもらうように働きかける。

 何たることか。今後の安全対策に真摯に取り組もうという姿勢が見られない。

 少しでも早くに、いや、どの他社よりも早くに情報を伝えたい新聞記者魂。少しでも、不利益の蒙ることないように、時には情報を改竄しようというJRの保身。

 じっくり考えたい。

 余談。
 この小説にある地元紙記者。浅間山荘事件の取材の熱に、今でも浮かれたままの記者も描かれている。不謹慎な言い方だが、地元紙記者にとって、その地方都市での大きな事件及び事故は、まさに「記者人生」そのものなのだろう。

 もう一つ余談。
 この「クライマーズ・ハイ」は、広貴が先に読んだものだ。昨年、広貴がまだ小学生のとき、妻のお父さんと本屋さんに行く。妻のお父さんが、好きな本を買ってあげるよといってくれる。広貴が選んだ本が、この「クライマーズ・ハイ」。
山野之義 * 一夜一冊 * 23:30 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「妻と私」(江藤淳著)「そうか、もう君はいないのか」(城山三郎著)2

 城山三郎の容子夫人が大きな病院に精密検査に行く。城山は仕事場でもあるマンションで待つことにする。検査結果を待っている間、城山は不安でしょうがない。芳しくない結果であったなら、妻に何と言葉をかければいいのか・・・。

 やがて、エレベータの音。聞きなれた妻の足音。何かリズムが聞こえる。妻が歌を歌いながら歩いてきている!こんなときに、歌なんか・・・。その歌声がはっきりと聞き取れるような距離にまで来たとき、城山は愕然とする。

『「ガン、ガン、ガンちゃん ガンたらららら・・・」
 癌が呆れるような明るい歌声であった。
 (中略)
 重い空気は吹き飛ばされたが、私は言葉が出なかった。
 かわりに両腕をひろげ、その中で飛び込んできた容子を抱きしめた。
 「大丈夫だ、大丈夫。おれがついている」
 何が大丈夫かわからぬままに「大丈夫」を連発し、腕の中の容子の背を叩いた。』(「そうか、もう君はいないのか」)

 世の夫は皆、城山と同じ行動をとる。

 「何が大丈夫かわからぬままに、「大丈夫」を連発し、腕の中の容子の背を叩いた」

 そして、今はの際には、江藤淳と同じ思いにいたる。

 昏睡状態の妻慶子のベッドの脇で、妻を見つめている。

『 慶子は無言で語っていた。あらゆることにかかわらず、自分が幸せだったということを。告知せずにいたことを含めて、私の全てを赦すということを。41年半に及ぶ二人の結婚生活は、決して無意味ではなかった。いや、素晴らしいものだった、ということを』(「妻と私」)

 老齢の大作家二人による、先立つ妻への最大のラブレターである。
山野之義 * 一夜一冊 * 14:44 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「妻と私」(江藤淳著)「そうか、もう君はいないのか」(城山三郎著)1

 「そうか、もう君はいないのか」
100807


 本屋で、文庫版になった著書を見つける。

 実は、何年か前、この本が単行本で出された。私は、城山三郎の亡くなられた奥様のことを書いた本だと知りながら、どうしても手を伸ばすことはできなかった。気になってはいたが、文字通り、手にとってみることさえできなかった。

 江藤淳の「妻と私」がトラウマになっているからだ。

100807妻と私 「妻と私」(江藤淳)


 「妻と私」は、江藤淳の奥様ががんで亡くなられた、その間の経緯や二人の思い出などが簡潔に温かく綴られたものだ。その後、江藤は自ら命を絶つことになる。

 してみると、「妻と私」は江藤本人が意識していたかどうかはわからないが、夫人に対してのレクイエムであり、江藤自身の遺書である。

 大学の先輩でもある江藤の著作は、そんなに多くではないが、私は好んで目を通していた。特に、新聞や雑誌に出されるエッセィや文芸時評は気骨のあるもので、間違いなく私はファンの一人でもあった。

 江藤自殺の報にいくばくかの驚きを感じながらも、妙に納得もしたことを覚えている。子供のいない江藤夫婦にとって、妻の逝去というものは、そのまま夫の死に繋がるであろう事は、そうなってみればそうなってみたで、容易に想像ができよう。

 「妻と私」が出され、私はすぐに読み終える。妻の死がそのまま夫本人の死に直結したことを、既に知って読んだせいもあり、大変切ない思いにとらわれる。

 私には二人の子供がいる。二人とも私の命よりも大切な宝物である。そうであっても、私の妻に万が一のことがあったら、私もやはり江藤淳と同じ人生の選択肢を選ぶであろう。「妻と私」の読後感、いや、読んでいる最中から、確信に近い思いを持つ。

 「そうか、もう君はいないのか」を読むと、また、同じ思いにとらわれるのではないか。一流の作家の書き上げるものは、それだけの力を持っている。だから、最初に刊行されたときは、手に取ることさえしなかった。

 先般、本屋さんで文庫版を目にする。家に帰り、なんとなく気になり、「妻と私」を再読。翌日、「そうか、君はもういないのか」を購入し、一気に読み終える。
山野之義 * 一夜一冊 * 23:00 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「泥流地帯」(三浦綾子著)

 先般、視察で旭川市にお伺いする。先進的な救急医療体制について。将来の合併、もしくは、さらなる広域行政を見据えて余裕のある体制整備。

 現地視察を終え、ホテルへ。私は、ホテル前で皆と別れ、慌ててタクシーを拾い、三浦綾子記念文学館へ飛ばしてもらう。ホテルから20分あまり走り目的地へ。

100727三浦綾子文学記念館全貌 代表作「氷点」の舞台の一つにもなった外国樹種見本林の入り口近くにある。思いのほか小さくて少々驚くも、三浦綾子らしいとすぐに納得。

100727見本林 角度を変えて。今度は、文学館側から見本林を見る。

100727室内 文学館内の様子。展示コーナーは撮影禁止。当然か。


 三浦綾子は、「氷点」から入る人が多いであろう。しかし、私はなぜか、「塩狩峠」を先に読む。衝撃を受ける。

 明治42年に実際に起きた事故。
 「列車。牽引車から外れてしまった客車が線路上を逆走する。止まらない。たまたま乗り合わせた鉄道職員が身を投げてその客車の下敷きになり、ようやく、停止する。乗客は全員助かるも、その鉄道職員は轢死してしまう。自己犠牲の精神」

 三浦綾子は、その実話を基に「塩狩峠」を書き上げる。

 私が、初めてこの作品を読んだのは中学2年の時でなかったか。まっすぐに受け止め激しく衝撃。もう少し後年であったならば、キリスト教臭を自然感じ取ってしまい、違う思いを持ったかもしれない。

 その後、いよいよ「氷点」。これは読まなければいけない。しかし、高校生くらいがちょうど良い。ここでは詳細は書かない。日本のみならず海外でもベストセラーになっているということを、今回、記念文学館へ行って、初めて知った。

 「泥流地帯」
 私は、この作品が一番強烈に印象に残っている。というか、昨年末も、何を思ったか、読み返す。

 大正15年、十勝岳噴火を題材にした小説。
 「強烈に印象に残っている」場面とは。

 十勝岳噴火で多くの犠牲者が出た。主人公耕作の家族も、多くの友人知人も。耕作は必死で家族の、友人知人の安否を確認している。

 そんな時、この小説でも、意地の悪いばあさんで登場している「シン」が甲高い声で言う。

 『「なあ、わしらカジカの沢のもんは、よっぽど心がけがいいんだね。畠も家も、みんな無事だったもんね」
 「そだこと言うな」
 低い声で、誰かが突く。
 「だって、そうだべさ。太陽さんはちゃんとみてござるもんね。心がけのいいもんは助かるよ・・・」

 (そうだろうか)非情なシンの言葉に、耕作を歩みをゆるめた。死んだ者が、生き残った者より罪が深かったといえるのだろうか。生き残った者が、シンのように傲慢な口をきていいものなのだろうか。
 耕作は、死んだ市三郎、キワ、拓一、良子の、一人ひとりの顔を順々に思い浮かべた。』

 初めて読んだときは、自然、涙が出てしようがなかった。昨年末に再読した際でも、胸が詰まる。単純にストーリーとしてだけでもない。

 上記引用に続く、次の文章を読んで、その言葉が、自分自身に突きつけられたような気がしたからだ。

 『キワにしても拓一にしても、そして良子にしても、みな親切な人間だった。残った自分が一番不親切なように思う』

 これが、いわゆる原罪というやつか。やはり、主題の根底に流れるものはキリスト教なのか。

 三浦綾子についてはこちらを見ていただくのがいいのかもしれない。ちなみに、記念文学館でもこのDVDが流れていた。



 余談だが・・・。

 大学くらいまで、私は、三浦綾子と曽野綾子とは同一人物だと思っていた。曽野綾子もクリスチャン、旦那は三浦朱門。

 曽野綾子がキリスト教を意識した作品を書くときは「三浦綾子」という本名で。それ以外は、曽野綾子という旧姓で書いているものだと思っていた。もちろん、全くの別人。

 直木賞作家の色川武大が、麻雀小説を書くときには、阿佐田哲也のペンネームを使っているように。ちなみに、この麻雀小説ペンネームは、徹夜麻雀が続き、『朝だ!徹夜だ!』と騒いでいたことが由来らしい。

 もう一つの余談。
 小説「氷点」がベストセラーとなり、映画やテレビドラマ化もされ、一躍流行語になる。ちょうどその頃始まった落語家たちの番組。立川談志が「氷点」を文字って「笑点」とつけ、今日に至っている。こっちは、ホントの話。
山野之義 * 一夜一冊 * 23:31 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

もう一度「昭和陸海軍の失敗」

 今朝の朝刊、地元紙を見て、思わずホウッと声をあげてしまった。
 私が昨晩書いたばかりの辻政信のことが出ていたからだ。

 記事の出だしがこうだ。

 「”作戦の神様”とあがめられる一方、無責任参謀と非難する人もいて、評価が極端に分かれる人」

 そうだろうか。私がこれまで目にしたいくつかの文献を思い起こしても、辻政信のことを、”作戦の神様”とあがめたものは一つもない。この記者さんの勉強不足もしくはリップサービスであろう。

 おそらくは、記事でわざわざ””(コーテーションマーク)で括っていることから想像するに、記者さんも、その評価については懐疑的でいくらかの皮肉を込めて記述しているのであろう。

 ただ、記事中に、「戦功を重ね」とあるように、現場のまさに戦場においては、勇猛であったことは事実のようだ。だからこそ、一般兵士の間では、評判は良かった。後に、国会議員選挙で当選を重ねたことからも、現場に出て、一般大衆の心をつかむことはうまかったのであろう。それは大いなる魅力だ。

 辻政信。歴史家や研究者の間では、大変厳しい評価しかされてはいないが、経緯はともかくとして潜伏紀行文(?)なるものをもってしてベストセラー作家となり、衆議院議員に4回も当選し、その後、参議院全国区で第三位で当選。

 戦争論、組織論、人物論等々、研究の題材としては、興味の尽きることのない人物である。
山野之義 * 一夜一冊 * 22:44 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「昭和陸海軍の失敗」(文芸新書)

 視察先への移動時間に読むために、本棚からぱっと選び出して鞄の中に放り込む。三年ほど前の本ではなかったか。再読。

100724昭和陸海軍の失敗 「昭和陸海軍失敗」(文春新書)


 ちょっと左傾かなと思われる半藤一利や保阪正康、また、右傾かなともいわれる秦郁彦、福田和也、防衛大学関係の平間洋一、戸部良一等々、なかなかの識者。現代ではこの時代を考証する最強メンバーであろう。

 感想は陳腐なものになってしまうが、結論から言えば、この本を読んででさえも、なぜあのような戦争に突入してしまったのか、一つの理由に帰することはできない。ヒトラーに全てを帰結してしまったドイツと決定的に違うところであろう。

 石原莞爾はあまりに天才が過ぎるがために、誤解されている節もあるが、決してヒットラーではない。東条英機は、逆にあまりに小さ過ぎる。

 さて、先の大戦にまつわる本を読んでいると、ことごとく共通しているのは、服部卓四郎と辻政信の評判の悪さ。詳細は、本書はじめ歴史書に委ねるが、なぜ、こんな暴走コンビが・・・と気が重くなる。

 参謀本部作戦課長として、無謀な戦争の絵を描いた服部は、戦後、すかさずGHQにおもねり、日本の悪口を書きなぐった「大東亜戦争全史」(GHQ戦史部編纂)をまとめあげた。

 現代に繋がる、先の大戦は全て日本が悪であるという呪縛に拘泥されている人に、しかも、そのことさえ気づいていない人に、意識しようがしまいが、しっかりと覆いかぶさっているものである。

 服部は、自分でシナリオを書いた戦争を、「日本」という国の責任にしてしまうことによって、自分の責任をうやむやにしてしまおうとする。

 服部とコンビであった辻政信は、連合国からの戦犯追及を逃れるため、インドシナ半島、中国さらには日本国内にてずっと隠れていた。広田弘毅と正反対である。

 ほとぼりが冷めた頃に、表れ、その潜伏の体験を書き上げベストセラーに。

 常人ではない。

 尚、辻政信はその後、参議院全国区から出馬し、三位で当選。いやはや・・・。強靭な生命力である。

 では、なぜ、そのような人物がそんなことをできたのか。跋扈できたのか。その疑問を解いていく作業こそが、私たち日本にとって、今後、平和を守っていく一つの鍵となっていくのかもしれない。

 最尾に、辻政信についての人物評で面白い記述があった。

 戸部氏の言葉。
 「辻は、その場に応じて『正論』を巧みに使える才能があり、それで生き残ったのではないか」

 保阪氏の言葉。
 「作家の杉森久英は『辻政信』という著書の中で、「彼のする事なす事は、小学校の終身の教科書が正しいという意味で正しいので、誰も反対しようがなく。彼の主張は常に、大多数の無言の反抗を尻目にかけて通るのであった」と書いています」

 組織がおかしくなるのは、そんな人物を淘汰できなくなってきたときであろう。組織とは、外的要因よりも内的要因から崩れていくことが多いとは、まさにそのことを指すのであろうか。

 改めて、胸に刻み込む。
山野之義 * 一夜一冊 * 17:43 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「またあなたから買いたい!」

100719またあなたから買いたい またあなたから買いたい!


 ブログに書こう書こうと思いながら、何日も経ってしまった。ご存知の方も多いのではないか。

 山形新幹線での車内販売のカリスマ販売員といわれている女性が書かれたもの。三時間半の乗車時間で、7両編成のミニ新幹線。満席でも400席ほど。通常の販売員さんの売り上げは7万円ほどだが、彼女は常にその数倍。多いときには、4倍にあたる26万5千円も売り上げを上げるという。

 定員400人の車内で片道187個の駅弁を販売したこともあるという。

 信じられるか!?

 というか、ちょっと頭のいい人なら、不思議に思う。

 あのちいさな販売ワゴンの中で、果たして187個も乗せられるのか?いや、仮に新幹線車両内のどこかにストックしておけるとしても、そんなにも運ぶことが可能なのか?いや、仮に運ぶことができたとしても、当日内で召し上がってもらわなければならない駅弁を、そんなに用意できるのか?不良在庫のリスクは?

 結論みたいになるが、彼女は、駅弁の予約という、車内販売ではまったく想像さえできなかった神業を使ったのだ。では、どんなふうに?そして、どうしてそんな発想が出てきたのか?

 京セラの稲盛和夫氏によると、販売に携わる仕事の人にとっては必読の書、ということらしい。

 ぜひ、読まれたい。

 ちなみに、この女性販売員さんは、写真で見る限り、まだお若いかわいい女性である。ますます読みたくなっただろう。

 「ブログに書こう書こうと思いながら、何日も経ってしまった」あげくに書き上げたものにしては、しょぼいな。今日は暑くて疲れてんて。
山野之義 * 一夜一冊 * 20:56 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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