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「妻と私」(江藤淳著)「そうか、もう君はいないのか」(城山三郎著)1

 「そうか、もう君はいないのか」
100807


 本屋で、文庫版になった著書を見つける。

 実は、何年か前、この本が単行本で出された。私は、城山三郎の亡くなられた奥様のことを書いた本だと知りながら、どうしても手を伸ばすことはできなかった。気になってはいたが、文字通り、手にとってみることさえできなかった。

 江藤淳の「妻と私」がトラウマになっているからだ。

100807妻と私 「妻と私」(江藤淳)


 「妻と私」は、江藤淳の奥様ががんで亡くなられた、その間の経緯や二人の思い出などが簡潔に温かく綴られたものだ。その後、江藤は自ら命を絶つことになる。

 してみると、「妻と私」は江藤本人が意識していたかどうかはわからないが、夫人に対してのレクイエムであり、江藤自身の遺書である。

 大学の先輩でもある江藤の著作は、そんなに多くではないが、私は好んで目を通していた。特に、新聞や雑誌に出されるエッセィや文芸時評は気骨のあるもので、間違いなく私はファンの一人でもあった。

 江藤自殺の報にいくばくかの驚きを感じながらも、妙に納得もしたことを覚えている。子供のいない江藤夫婦にとって、妻の逝去というものは、そのまま夫の死に繋がるであろう事は、そうなってみればそうなってみたで、容易に想像ができよう。

 「妻と私」が出され、私はすぐに読み終える。妻の死がそのまま夫本人の死に直結したことを、既に知って読んだせいもあり、大変切ない思いにとらわれる。

 私には二人の子供がいる。二人とも私の命よりも大切な宝物である。そうであっても、私の妻に万が一のことがあったら、私もやはり江藤淳と同じ人生の選択肢を選ぶであろう。「妻と私」の読後感、いや、読んでいる最中から、確信に近い思いを持つ。

 「そうか、もう君はいないのか」を読むと、また、同じ思いにとらわれるのではないか。一流の作家の書き上げるものは、それだけの力を持っている。だから、最初に刊行されたときは、手に取ることさえしなかった。

 先般、本屋さんで文庫版を目にする。家に帰り、なんとなく気になり、「妻と私」を再読。翌日、「そうか、君はもういないのか」を購入し、一気に読み終える。
山野之義 * 一夜一冊 * 23:00 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

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